まさおの脳みそ

ぼくの脳みそ

経験則

 日記です。

 ・簡単に言うと

  思ったより経験則に僕らは頼っている。

  盲目的になっている所もある。

  他人の経験則は、他人の人生の歩みその物である場合もあるので、尊重していきたい。

 

 

 

 家族と言い争いをしたことがある。

 自分に子供が生まれた際、ゲームや漫画の娯楽を積極的に楽しめるような環境にするか?である。

 僕はYESである。僕の内臓はロックマンで出来ていて、僕の骨はドラえもんで構成されていて、僕の血には大乱闘!スマッシュブラザーズDXが駆けめぐっているからである。

 例えば、ドラえもんでは、家族の大切さや、漢字、ことわざ、平成以前の時代の風景、四文字熟語、善悪だけで物事は割り切れないこと、自然の尊さ、そして便利な力があっても決して悪用すべきではないことなどを学ぶことが出来たし、ロックマンでは、物事にはやっていくべき順序がある事や、あきらめてはいけないことや、熱い音楽があることや、成長することの楽しさを学んだし、スマブラでは、友達と、実には成らないかもしれないが、特別なひとときを一緒に過ごすことの出来る友達の重要さや、そんな友達が場合によってはいとも簡単に裏切ることや、逆に裏切り行為の楽しさとリスクを教えてくれた。

 こういった、宝物のような経験があったし、それが他の人と比べて劣っているわけではないと僕は思っているので、自信を持ってのYES!なのであるが、家族はそうではなく、漫画やゲームとあまり関わらない人生を歩んできたので、NOなのであった。

 こればかりはお互いの形成してきた物をぶつけ合うので、どちらの意見も尊重すべきであり、文字通り不毛な回答のない争いになるのであるが、こういった事があってから、思ったより、経験則って、自分が想定していたよりも重いな、と感じることがあった。

 

 個人的に、柔軟な人間に成りたい、と言う願望があり、多くの人間の意見を聞き、尊重して、自分の考えの方向性を定めていきたい、その上で、譲れない部分もちゃんとあるようなイケメンに成りたい。と常に思っていたのだが、いざ、まだ子供もいないときに、そう言った只の仮定の話をしたときに、ゲームや漫画を子供に与えたくないと言う意見を聞いただけで、僕自身の人生を100%否定された感があり、とってもやきもきしたことを覚えている。柔軟なんてとんでもない、ただのがんこじじいがそこには居たのだ。

 しかし冷静に考えてみたとき、もし子供が出来て、そいつが大人になった、たった20年くらい先の話で、就職の際の面接を挑んだりすることがあったとして、ゲームとか漫画の娯楽を趣味にしていたときに、プラス査定になるか、と聞かれると、そうではない事に気付いたりもした。実際問題、そうだと思うので、娯楽に触れさせない、と言う考えも、なんとなく解るなあ、と言う気もしてきた。

 冷静になったら、マイナスの部分も見えてくる事象も、自分が成功してきた方法は、盲目に成ってしまうことがあるので、もっと冷静な目で俯瞰的に物事を見たり計画を立案したいなあ、と思った案件でした。