まさおの脳みそ

ぼくの脳みそ

未だに忘れられない過去

 衝撃的な事であったり、命の危険を感じたことと言うのは、なかなか忘れることが出来ないと思う。今回はそんな思い出の一つを書いていきたい。

 高校生の頃、クラスにI君と言う男の子が居た。その子の家に生えていた大木と似た、大きくて優しい、気の弱い男の子であった。

 僕は、高校時代は、みんなと仲が良かったが、グループ分けの時に、特定の人間と絶対に一緒になる、と言うことも少なかったので、気の弱いI君と、同じグループになる事が多かった。

 

 高校の卒業遠足のようなモノで、僕らはUSJへ行くことが出来た。今のようなCOOLJAPAN推しではない、純粋に映画ファンへのテーマパークだったころのUSJである。

 金曜ロードショー子守歌代わりに育った僕は、単純にこの機会が楽しみであった。

 この機会は、もはや大学への間もない期間で、クラスのやんちゃ気味の人間ですら、なんか調子に乗ったり、イジめたり、先生に迷惑かけんのダサ過ぎるから、辞めようぜ。大人になったじゃん俺たち・・・。みたいな空気で最高だった。

 だから、グループ分けとかも、先生は僕たちを信頼してノータッチで、お前ら決めてええよ。と言った感じだった。

 バックトゥと、ジュラシックパークターミネーター2だけ見たかった。それだけで金ローキッズの僕は満足出来た。ちょうどI君と、その友達のM君も、どこに行くか決めかねていたようで、僕らの需要と供給は一致し、一緒に回ることになった。本当は、女性と回りたい気持ちはあったけれど、クラスに女子は4人しか居なくて、すでにほとんどが彼氏持ちで、その内の1人は、【パパ】が居るという噂があるくらいの女傑で在った為、男だけで回るのが確実に平和であった。

 

 IとMと、ジュラシックパークの列に並びながら、I君が体臭キツイのにこんなに並ぶのは申し訳ない。と言っているのをなだめながらも、いよいよ僕たちに順番が回ってきた。

 輝かしい高校生活、一つになったクラスの皆、もうすぐ見える楽しい大学生活。その間の、青春の特別な1ページが今から始まるんだ。

 

 ここで、解説しよう。

 ジュラシックパークのアトラクション。今は変わったかもしれないが、当初の物は大迫力の急流すべりをイメージして下さい。

小規模(5-6人)で一つの舟に乗るようなものではなく、多分4-5人×4列ほどの20人位は優に乗れるような大きい舟の乗り物だった。

舟の安全装置(ジャングルを回りながらかなりの天空まで高度を上げてから一気に落ちるわけだから、当然必要だよね。なかったら死ぬレベルの落差。普通の急流滑りの比ではない危険度)は、一人ひとりに安全バーが設定されているものではなく、1列に、大きいバーが1本、お腹と太もも辺りを固定するようなしっかりしたモノが常備されていた。さすがUFJ。大企業の確かな安心を提供してくれる。

ここまで解説。

 

 僕らは、たまたま最前列、かぶり付きで、アトラクションを楽しめるポジショニングだった。

はっきり言ってこれは僥倖で、誰に邪魔されることもなく色んな恐竜とサイバーな施設が見れる。映画ファンとしては、至上のひと時。人生のピークであった。

 ガチャ。

 安全バーをお姉さんが下げた音だ。しかし、全然お腹にバーはついていない。

 これはよくある事で、ある程度までスタッフがバーを下げた後、機械が勝手に乗客のちょうどいい高さまで、アジャストする機能が、アトラクションには往々にしてついている場合がある。そう僕が思っている間に、行ってらっしゃい!の声とともに、舟が出発した。

 バーは依然と下がらない。

 右を見た。I君だ。大木の様だと比喩をした彼のからだには、ガッチリと、バーが食い込んでいる。

 ガッチリと、バーが、食い込んでいる。

 

 奥のM君と目が合った。彼の目からはいつもの生意気な光が消えていた。

 I君のボストロールの様な体系に阻まれて、安全バーは僕らの臀部のはるか上で止まっている。スカスカだ。つまり、しがみ付くことはできるが、お尻は浮くし、落ちる時に舟から飛ばされる事も考えられる。

 文字通りの、デッドオアアライブ。僕らを殺すのは、恐竜ではなく、ボストロールだ。

 辺りの穏やかな恐竜たちの景色など、僕とM君の目には入らない、安全バーを無理やり下げようとした。無駄だった。

 後ろを見る余裕もない。僕は、生きる為に頭をフル回転させた。たぶんあの時が一番脳が活性化した。

 ふと、足元を見ると、手荷物を見つけた、これを、バーとお腹の間に入れると、隙間が埋まって、生き延びることが出来るかもしれない。M君にアイコンタクトでそれを伝えたとき。僕の目の前には、終焉を感じさせるT-REXが、雄たけびを上げていたーーーーー・・・・。。

 ガクっ、身体が浮いた。眼鏡が飛んでいきそうだ。しかし、バーを持つ手を緩めることは、最悪死を意味する。M君は、普段クールなキャラだが、思いっきり叫んでいたように思う。鞄の中がスカスカで、ほとんど意味がないじゃないか。そういうことを感じながら、落ちていった・・。

 

 結果僕らは生還した。生き残った、M君を見ると、5歳ほど老けて見えた。人間、こういう時、本当にそうなるんだ・・・。そういうことを感じながら、先へ進むと、写真コーナーがある。ジュラシックパークのアトラクションは、最後の落ちていくところの、写真を勝手に撮影し、気に入ったものは後から買えるサービスを行っていたのだ。

 気も抜けていたので、本当に、ふっと見た写真には、全力でバーをつかむ僕とM君に挟まれて、普通に怖くて泣いているI君が写っていた。

 泣きたいのは俺らじゃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 以上が、僕の体験談ですが、正直、年月が経つにつれ、忘れていることもあるので、すげえオーバーな描写だったりします。が、あの光景は忘れることはない。

 ちなみに冷静に考えると、器と一緒に中身の物が落ちても、ほとんど器の中身は損なわれない事から、そこまでガッチガチに安全バーで固定する必要もなかったのかな、と思います。そうじゃないと親子で乗る人とか、子供が僕と同じような体験を毎回していることになるもんね。でも、あの時は、本気で死ぬんじゃないかと、心底ビビった。

 

 ※追記

 バーは実質お飾りでも、力学上問題ないそうです。と知恵袋に乗っていたんで、ただただ僕が勝手にビビっただけの話ですね