まさおの脳みそ

ぼくの脳みそ

人の意識の源

木曜はプライベート日記。

プライベートな事をお話ししよう。

 

 幽体離脱が、2ch界隈で流行った時、おっぱいを揉みたかった僕がその甘美な誘惑から逃れられるはずもなく、日夜名倉(覚醒しながら見る夢の世界)へ行く努力を重ねていた。

おそらくその際に、自分の意識がある場所をイメージする。と言うファクターがあり、その時の僕は、目の奥に僕の意識はあるのでは無いか。と思った。

 

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 今週の始め、夜中にラインの着信で目を覚ます。既に電話の着信履歴も入っており、緊迫した状態である事を僕に悟らせる。

 奥さんだ。

 奥さんは出産して間もないため、僕のマンションの近くの実家に泊まっている。僕の仕事が朝早いため滅多なことでは、電話はして来ない。奥さんか、子供に何かあったのかもしれない。そう思った。

 子供のお尻に、出来物があるのは知っていたが、その出来物が潰れた所に、穴が空いている。との事だった。

 携帯で調べると、二分脊椎という単語が出て来る。先天的にお尻から背骨のラインに穴が空いており、それが悪さをして、排泄行為や、歩行等に困難な症状を生み出す疾病である。

 全身に震えが来た。一気に目が覚めて、重篤な症状と共に生きる我が子を想像して、涙が出そうになった。

 似た様な症状も何個かあるし、その可能性が高い為、安心するために、地域のかなり大きい小児科に奥さんは向かった。

  しかし、万が一の時、対処出来ない事や、満足に診察出来ないと言われ、更に地域で1番というほどでかい総合病院へ行けと、紹介書を持たされた。

 更に不安な事に、出来物の箇所付近に、マジでちっこい穴が🕳もう一つ空いていて、そちらの方が穴の終点が見えずに不安です。と脅された。

 翌日、職場に無理を言って、病院に付き添った。かなり珍しい症例のようだった。医者もぶっちゃけ肉眼では確認出来ないし、もしも、があった時、あまりにも重篤なので、MRIの順番を、優先度高めに入れてくれた。

 MRIの為、重量感のある分厚い扉の向こうに我が子が運ばれて行く様は、ドラマの手術室を思い起こさせ、僕らは泣いた。

 結果、レントゲンでは、異常が大きい穴も、小さい穴も見当たらない。との事だった。安心して、何日分も働いたように僕らは疲れた。

 背骨の中を走る神経に、違和感がなかったようなのはうれしかった。レントゲン結果の写真に救われた。

 

 文頭に話は戻るが、今回僕は、自分の意識は、脳から背骨を通る神経に宿る。と考えを改めた。レントゲンでみたあの空間に、人のナニか形容し難いものが詰まっている事を理解した。

 

 それだけのプライベート日記です。オチはありません。f:id:masao4224:20170914222218j:image

ドキュメンタルと言う実験風映像について

 皆様、おはこんばんちわ

 日記を書くことは好きなのですが、着手するまでに時間がかかってしまう事から、月曜日は○○について、の様なテーマを作り出すことにしました。

好きなことを行うのにモチベーションが必要なのはだめだよなあ。一人寝室に居るときに自動的に右手が僕の一定の部分を目指してdoする事に関しては、何のやる気が無くても行えるので、doする事を仕事にしたいですね。それなら毎日欠かさずdoを行います。(ちびでぶはげめがねが、do、する事に対してお金を払う人間は居ませんが、もし居た場合、その事実がdoする事をcant doになり、妨げてしまう事からパラドックスが起きてしまい、どのみち僕はdoする事による収入を得ることが無い。)

do する様に、色んな事を自分の中の情熱のまま行い、お金を得たいですね。

 ちなみにこのプロジェクトを行ったところで、日記の更新速度は変わらない予定です。頑張ります。と言ったことから頑張らなくなる自分ですから、頑張りません。

 

 月曜日は、映像作品について書いていこう。と言うことで、近頃見た映像作品について書いていきます。

 なぜ月曜日は映像作品なのか、ただでさえも憂鬱でやる気のない月曜日の空き時間を作って日記を書くのですから、比較的ポジティブな作品を見る僕にとっては、テンションのアガるジャンルなのではないかな。と言ったところです。AVとか言う人類が生み出した至上の作品の感想もここで言えるしね。

 

 

 

 ・ドキュメンタル

 制限時間6時間。閉鎖された空間。なんでもアリ。笑わせれば良い。

 以上のルールで、芸人(今のところは)が集まり、勝者が、名誉と賞金を手にする。と言った内容。

そして、一番の特筆すべき点の参加者ですが、松本人志がチョイス(番組的にはそうなっている。実際はわからない。)した人間に招待状を送り、更に参加費用100万円を自腹で支払った人間が参加できる。と言うシステムです。

そして、前述した賞金は、他の参加者の参加費用を集めた1000万。

この大金をかけてバトルを行うわけです。

実際、作中第2シーズンから言われているとおり、Amazonの倫理基準的な物は、マジガバガバであり、地上波では、確実にNGを食らう笑いが飛び交っていて、松本さんや高須さん、吉本の方達が思っていたような舞台設定はきちんと構築されています。

Amazonからの並々ならぬ”圧”を感じれるほどにお金がかかっている(でしょう)ので、とにかく豪華で、見るべき作品に仕上がっています。

 

 発展途上

 仕掛け人が、舞台設定をきちんと行ったところで、台本ナシ(これは実際に無いのではないか、グダリまくったり怪しかったりする箇所が多大に見られた。示し合わせた様な台本ありきの笑いに拒否反応が出ている方にはおすすめです。)なので、まだ3回しか行われていない大会では、手探り状態や、こう着状態が多く見られます。ここは、マイナスだなぁ、と感じた所の一つです。しかし、映像編集がかなり巧みな見せ方をするので、それすらも今の所は大きなマイナスには至っていません。(むしろ、純粋にこいつ台本なくてもおもろいやん!とか、普段のテレビにおける台本の重要性を感じられ、そこも副産物的に良かった。)

 ルールも、柔軟に毎度更新・変更されていき、見応えがあります。松本さん自身も、笑ってはいけない、と対比していましたが、あれはマンネリ、テレビの枠の笑い。こっちは見たことの無い、新鮮な笑いを楽しむことが出来ます。

 

 参加者も、今をときめく芸人から、この人このクラスの番組に出ていいの?という奇抜な人選、更には、所謂アンタッチャブルな爆弾芸人枠も用意されており、単純にどの芸人が勝つか想像するだけでも楽しい内容になっています。

 

  結局は、笑わなければ勝ち。

 この作品の問題点はここに尽きるでしょう。

 笑わせれば勝ち。みたいな風潮がありますが、敗北条件は、「笑ったら負け」です。自分のライフが3ポイント有り、笑ってしまった度合いで、松本さんの独断でライフが引かれていきます。

 松本さんの独断で笑ったかどうかを決めるので、このジャッジ、番組的には正解だが、不満だなぁ。と思う点もあります。

 ルールも、笑わせれば勝ちに近付いては来ましたが、結局は、笑わなければ勝ち。なので、防御力特化の芸人が勝ち残り易い傾向にあり、これは隠しきれない問題となっていると思います。

 

 それでもS3まで見てしまう魅力。

 発展途上という観点からいろいろ問題点はありますが、制作側が、Amazonという広大なフィールドを手に入れて、猛獣に好き勝手させるという番組スタンスは観ているだけでエンタメ欲をドキドキ刺激してくれ、真新しい快感を与えてくれるのでは無いでしょうか、前述した様に、番組の編集にも力が入っていて、サクサク観られるのも良いです。

 プライムビデオという事で、携帯等にダウンロードしてから再生も可能であり、通勤中にラジオがわりに聞いたり、高画質な物を撮り貯めて家族で見る(子供がいるところでは止めようね)楽しさも感じられ、プライムビデオというプラットホームにガッチリハマっているな。という感想です。

 

 散々言われている、賭博では無いか?と言う質問には制作側も以前調べた段階では声明を出しておらず、グレーゾーンの番組ということに変わりありませんが、だからこそ出来る独特の空気は唯一無二であり、いい空間を作り出しています。

 

 最後に、この番組の感想を見ると、実際は優勝者ではなく、今日1の笑いを出した人間が評価されている様に感じます。番組的な勝者と、みんなの心の中の優勝者の解離もありますが、そう言った感想をSNSで呟ける楽しさもある良い番組だと思いました。

 くーちゃんと、川原くんと、春日と、小峠、ジャンポケ斉藤さんは誰がなんと言おうが好きな芸人になりました。そういう意味では、100万の自腹で、本物の芸人はめちゃんこ評価されるので、途中敗退でも価値はあるのかもしれません。

無題

 皆様おはこんばんちわ。日記です。

 

 何度も色んな媒体で書いているが、俺は死ぬときに後悔しなければそれで良い人生だと思う。だから、今死んで、後悔することは片付けておきたいし、死ぬときに後悔がなければ何時死んでも良いと思っている。

 大学の頃は、特にこの考え方が顕著で、かつ、彼女も居なく(出来ない)、自由に行動でき、自分の行動で迷惑がかかる人間もそこまで居なくて、責任も軽く、その軽い責任も自分の分を負担するだけですんだので、非常に人生が楽しく、このような人生のまま、一生を過ごせたらなんて素晴らしいのだろうと思っていた。

 

 僕は、彼女が出来たことが無く、今思えば気持ちが悪い考えに固執し、姿も醜かったので、仕方がないのであるが、子供をこの世に残すことは出来ないだろう。と本気で考えていた。だから、死ぬまでに、俺がこの世に居た証拠というか足跡というか、何かを残したいなあ。と漠然と考えていた。

 考えたので、物を創造すると言うことは、意識やモチベーションだけあっても、行動に移すことは非常に難しいことである、糞以外何も生み出さない僕でも、創作する事の高尚さは理解しているつもりである。

  僕は結局、自分一人では何も生み出すことは出来ずに、一番嫌いな人種になっていた。

 

 そんな中、僕の周りには、何名か作品を作り続けている人間がいる、僕からすると、友人と思える人間である。その人間は、まるで赤子を産み出すかの様に、世の中の色んな物と関わりながら、時には苦しみながら、自分の中の作品や、自分を表現しようとしている。その様は、非常に美しく素晴らしいと感じている。

 

 僕が生きているこの世の中は、極端で、一方は、他人の生き方を尊重し、多種多様で人間一人一人の生き方があることを理解し、認める社会と、一方、所謂普通の幸せと働き方、ライフプランこそが至高と考える人間が多く、他の生き方を認めようとしない人間が、想像以上に存在する。創作して生きていく人間を認めようとしない社会だ。こう言う極端な2面性を、1つの物が抱えている。

 創作物を認めて貰い、お金を得るには、創作物を認めようとしない一面にも目を向けさせる必要があり、屈服させるほどの素晴らしい物を見せつける必要がある。

 

 別に書かなくて良いことに話が飛んでしまったが、僕が手放してしまった、自分だけが表現できる、素晴らしい物を、現代社会で産み出し続ける事は、僕にとっての憧憬その物であり、最上級の尊敬と、誇らしさを感じる行為である。私にとっての星なのだ。

 

 この道を歩み続けることは、困難であると思うが、どうか後悔しない様に無理の無いように。と願うばかりである。