まさおの脳みそ

ぼくの脳みそ

パッケージングの力に魅了される僕ら

 ※簡単に

 パッケージの力は凄い

 まだまだ騙される

 SFCのあの箱のわくわく感。温度。データとは絶対に異なる点がある。

 

 

 ※以下、ながったらしく

 皆様おはこんばんちわ

gendai.ismedia.jp

 

 早速記事を貼り付けしましてすみません、僕界隈で結構ホットな話題だったもんで書き込んでしまいました。

 記事を斜め読みしたところ、音楽界隈で、CDが売れない問題があって、ライブで収入を得る時代になっていきそうだったが、他国では、スポーティファイなどのストリーミングサービスによって、収益を正しくアーティストに分配して盛り上がって行っているが、日本はその波に乗れていない。とのことでした。

 

 そうだよなぁ~!!!!!!と思います。いくつかの点により。

 1.だって、おまけ要素とか、アーティストのこだわりとか臭いとかそういうの、CDには多分に含まれている(様な気がする)じゃん!!!!!!!1111

触れないじゃん!データじゃん!ばか!!!

 2.そもそも、ストリーミングってなに?って人多くね?

 3.え?金とんの?じゃあCD買うわ。

 4.パケットが死ぬ

 5.基本的に買い切り商品以外は信用をしていない。

 と言うところです、本当にガラパゴスだなあ。

 本題として伝えたいところは1なんですが、最初のURLについての話の根幹は2以降なんで先にそこから話します。

 まず、日本ではAIスピーカー・ストリーミングサービスにおけるマイク等の音声入力デバイスの登場が遅すぎた気がします。僕はにわかガジェット大好き人間なので、AIスピーカーの登場を何年も待っていましたが、日本遅れ過ぎじゃないですか?そんなにこの言語難しい?と思わざるを得ないほど他国に比べて遅れています。

本国でAmazonで、エコー調べて下さいよ。マジで未来のデバイスが並んでいて、日本のAIスピーカーの市場しょっぺ!!!ってなるから。

なんか、カメラで俺の身体確認して、AIが今日の予定に適した服装とか選んでくれるEchoあった気がするから!!なにそれ!ジャービス???

本国のEchoは液晶とか付いてるから!しかも安かった気がするから!!!テレビ電話とか気軽にできるから!おじいちゃんの家にも導入したいから!いつでも孫に会えるぞ!!!!!

 そういう感想が、出てくるくらい、他国に比べて遅れているので、ストリーミングサービスについては、今後恐らく伸びてくるはずです。恐らく。だって、Echo買いましたけれど、滅茶苦茶有料ストリーミングサービス入会したいもん。出来ることに比べたら安いくらいだよな。

 要は、ハンズフリーで、気軽に音楽が流せる環境になかったんです、去年くらいまで。今年からは恐らく環境が異なるでしょう。だってAIスピーカー実際楽しいもん。

 あと、パケットが死ぬ。と言う感想もよく見ますよね。スポーティファイなどのCMのイメージにも顕著に出ていますが、スマホに音楽を集約しすぎなんですよねたぶん。スポーティファイが、AIスピーカーに対応していることはいったいどれくらいの人が知っているんだ。気軽に家のスピーカーに対応しているんだぞ。と思いますよ。家のネット回線で無限に聞こうぜと思いますね。あと、確かプレミアム会員ならダウンロード出来た気がするので、パケット恐ろしくないぞ。せっかく契約している家のネット回線を最大活用しような!!

 といった感想を、2.3.4.5の問題に関しては僕は持っているので、日本も、ストリーミングの波に乗っていけるぜ。とは考えています。外国諸国より、生じたマネーが、すげえ中抜きされてからアーティストに届くイメージがあるし、ジャスラック的な機関とのお金の問題もわかりませんので、最終のアーティストの収益がどうなるかはわかりませんが、音楽業界に生じるマネーは、他国と同じような風潮になるのではないかと感じています。

 

 ところで本題についてなんですが、ダウンロード/ストリーミングの音源と、実物CDと、どちらが魅力的でしょうか。僕は断然後者です。

 好きなアーティストの文字通り血と汗と涙が、結晶化して、手に取れる様になったがCDです。アーティストの情報を追えば追う程、ソレに力と時間を注いでいるかは容易に想像出来、それを手にし、所持することは、彼らの魂を自分のモノとする事と同義であり、音楽を聴くと言う動作の最も崇高であるポイントかもしれません。

 彼ら自身で企画し、デザインしたパッケージ。趣向を凝らした歌詞カード。アイデンティティを確立しまくったアツいおまけ。

 これらは配信で聞くことでは手に入らないはずです。ダウンロードしても手で触ることが出来ません。

 アーティストとしてもどちらがうれしいでしょうか。勿論、配信することにより、一定の収入を得られ。今まで副業をせざるを得なかったアーティストが、収益化に成功し、副業をする必要もなくなり、音楽活動に没頭できる人たちもいるだろうから、悪いことばかりではないでしょう。しかし、趣向を凝らし、自分たちの全てを削って作り上げたモノを、実際に手に取ることなく、顔も見れない人たちが誰でも聞いている。これは寂しいのではないのでしょうか。音楽での制作活動者をアーティストと呼びますが、文字通り芸術家だと俺は思っています。芸術家は、この世界にない、無から、自分の中の良い物を削りだして、表現する人間だと思います。そういった特別なモノを、データとして配信される事に全く違和感がないという人たちは少ないのではないでしょうか。

 話は変わりますが、スーファミを覚えていますでしょうか。ちょっと良い感じの厚紙で出来た、カラフルなパッケージ。子供にとって、夢が入っていると確信するには充分のちょっと大きいあの箱の中に、丁寧に梱包されたソフトと共に入っている説明書。よく読めば制作者たちの、作品に対するこだわりや、愛に溢れていたように思います。パッケージこそが、実際に創作物を楽しむまでの助走を完璧にこなしていたのです。

 現在、スーファミのソフトを楽しむには、多くの人がヴァーチャルコンソール的なアレでダウンロードするでしょうが、あれ、すぐ飽きませんか?説明書、何回も読みましたか?昔のようにプレイするまで、わくわくしましたか?絶対にそういう楽しさは半減しているのではないか、と僕は思います。

何というか、「安」くなっているきがします。薄っぺらいと言うか。ちょっと遊んだら、愛着もないので、すぐに他のソフトを遊んじゃう人が多いんじゃないかな。

 そういった環境に僕らはおかれていたので、現状、キチンとパッケージングされている商品に弱い(惹かれる)んだと思います。(ダウンロード・ストリーミングでの購入形式に抵抗がある)

 

 しかし、音楽の良いところは、ダウンロード/ストリーミングサービスと平行して、CDの購入・ライブへの参加・グッズ物販の購入が同時に成り立つ。と言うことです。

 たまたまストリーミングサービスで聞いたバンドが気に入ったから、追って、CD買って貢献して、ライブ行って、物販へ向かいグッズを買う。と言う導線が充分考えられます。スーファミのソフトダウンロードして気に入ったから、SFC本体とカートリッジを買う流れにはなりませんが、音楽はアーティストが本来提供されたいであろうサービスへつなげる事が可能であると思います。だから、誰かのファンになったら、金を生け贄にグッズを買いまくろうな。と思うわけですね。俺自身なかなか出来ていませんが、そういう精神は捨てたくないよなあと言うことです。

 でも、正直ストリーミングサービスとかダウンロードで、たまたま不特定のバンドに新しく出会っても、その時点でのパッケージ力が弱すぎて「安」く見えて、愛着が沸くんだろうか。

 

(思っていることを羅列し、整理も出来ていないクソ記事なので、そのうちキチンと編集しておきます。)

マジョリティと自分

 人の主観について

 ・3行で

 人が何を言おうが

 絶対に曲げてはいけないところは在る。

 おっぱいは素晴らしいぞ。

 

 ・以下、小難しく

 

 人間の社会、特に日本という国で、トラブル無く生きていく為には、場の状況を適切に観察して、マジョリティであればこういった判断をするだろうと考えて、その通りに行動する事(空気を読むと言うこと)が必要になっていると思う。

なぜなら、普通でない事(理解が出来ない事柄)を人間は恐れてしまうからであり、恐れた事象に対し、文明と知恵と集団行動で踏破してきたのが我々人類であり、その延長上として、誰かに恐れられてしまったら、排除されてしまう場合が多いと、理解しているからであると思う。

 我が子を蹂躙されない為に、親は一般教養とか常識とかいう名の、多数の人間が是と思っている考えを伝えて、それに沿った行動をするように子供を促す。

それを繰り返すことにより、システマチックな社会になっていく。システマチックと言うことは、無駄が無く、早く、正確で、公正で、強力で・・・。そう言った方向性である。

 昨今、情報化社会と呼ばれる程度には、情報の拡散は超速である事。そして、システマチックな社会の形成化として、公正な社会を目指すという意識の中産まれた、自浄作用により、公正でない・普通でない・加害的に見える・等の事象は、排除すべきとの考えが在る。

以上2つのポイントから、排除すべきと情報源が考えた事象は、多少の脚色を伴い(タイトルを付ける事・文章・思考の文章化などで)、超速で拡散されていく。そして排除の動きへ向かっていくのだ。

 だが、ここに問題点も多数孕んでいる。

 ・先ず、情報源の判断が異なっている場合。

 これは、昨今のSNS等では、情報の多様化・高速化・手軽さの追求等の理由により、140字の文字制限が在ったり、UIのデザインにより、限られた情報しか表示されないことが多々あり、1次情報の誤読や誤解等があった場合、それを脚色したような情報を流してしまうと、一刻も早く問題を排除するために、情報ソースを確認しないような人間が更に拡散を進めてしまうため、多くの人間が、事実と異なった事象を想定してしまいます。そして現代社会ではマジョリティが正義である(場合が多い)ので拡散の範囲が大きければ大きいほど、事実と異なることが、正確な情報とされていきます。

この状態になると、仮に情報源が、誤った解釈をしていたと謝罪したところで、間違っていたという情報は、拡散された最下層まで届くことは殆どありません。なぜならキャッチーではないし、間違った情報を拡散した自分にも多少の責任があると認識はするが、それを更に下層の人間にまでそれを伝えてしまうと、自分の信頼度が落ちると考える人が多いからです(多いように感じます)。

 

 ・罰の永続効果。執行の容易化

 次の問題点としては、罰が永劫終らない事です。

罰とは、罪を償う為に行う事で、多くは、加害者が不快に思う事象を一定期間執行する事です。これを受け、罪を悔い改め更正し、一般社会で生活を再度送る。と言うのが正しく、不当な罰則が執行されないため(適切な罰則を与えるため)に、裁判関係があります。

自分の解釈ですが、被害者、被害関係者、裁判関係者・加害関係者、その他公的に認められた存在以外は、罰則については口出しするのも駄目だし、個人的に罰則を身勝手に与えることも良くないと思います。(良くないと思うだけで、罰が不当と判断し、復讐する人間の気持ちは理解できるときもある。)

ですが、昨今、罪を犯してしまった際、その記録は半永久的に残り続け、更にその情報を万人が、かなり気軽に入手出来ます。

それはつまり、例え更正した後でも、永久にその人間に対して、デメリットはついて回ると言うことです。就職・近所付き合い・人間関係の構築等、人生の根幹に当たる事象に影響があることは、誰でも判ると思います。

じゃあ、罪を最初から犯すなと言う考えもありますが、前述したように冤罪だったら?もしくは、やりたくなかったが、やらざるを得ない場合だったら?俺はそう言う罪は、キチンと洗い流されるべきだと感じています。

こういった、永続的な罰を、全く加害者でも被害者でもない第三者が、片手間に執行出来るのが現代社会です。

 

 ・執行の娯楽化

 あと、最悪なのが、誰かに無責任に罰則を与えることが、娯楽化していることです。片手間に携帯電話一個で、その人の人生を変えてしまえるのに、それを一過性の娯楽だと思っている人間が多く存在します。

現代人のモラルは向上していて、他人に害のあることを基本的には行わないようになってきています。これは非常によいことですが、逆に少しでも、加害して良いんだ。と認識してしまった人間は叩いてしまいます。しかも、加害していいんだと思える人間は現代社会には少なく、一極集中化してしまうため、片手間だが膨大な数の強力な罰が無責任に容疑者へ向けられてしまうのです。

無責任に娯楽として全く関係のない人間を苦しめて、失墜する様を楽しんでいる我々自信が社会の問題以外の何者でも無いと思います。

 

 罪と罰にはなしが逸れてしまいましたが、要は、マジョリティの力が人間社会では、非常に強力で正義ですが、マジョリティの考えの中には、間違っているモノ、自分の考えと絶対に異なるモノが多数存在します。

 マジョリティの考えが何時も正しい。と思わずに、自分自身で何が正しいか考え続け、行動することが必要だと感じます。

 高校生・大学生の頃、童貞で、女性に触れたことすら無かった俺に、おっぱいなんて触ってもただの皮と脂肪だから、全然良いモンじゃないよ。とイケメン達何名かは言ってきましたし、そう言う考え(童貞はおっぱいを神格化していると言う旨の考え)が一般的かもしれませんが。成長した僕は、声高らかに、おっぱいは素晴らしかったぞ。エデンであった。

と伝えていきたいです。これが俺の中の正です。

今日からヒットマン 感想 無料公開漫画

 おはこんばんちわ。

 四月。新しい何かがやってきそうな、気持ちの良い季節ですね。卒業、新入生、新生活、新入社員、色んな事の転換期ですが、今回紹介する漫画ほど、今までの状況から、ある日にガラッと人生が転換した漫画は少ないのではないのでしょうか。

 

 今日は『今日からヒットマン』と言う漫画の感想です。

 僕は、よくある漫画無料サイトから見ましたよ。広告だけ回避したら、スラスラ読めたんで、どうぞ。今だけ無料かもしれないので注意。

www.sukima.me

 ・・・・あらすじ・・・・・

 35歳。食品関係の営業主任。何処にでも居る一般人。それが、主人公、稲葉 十吉(いなば とおきち)であった。

 ある日、緊急の接待を上手くこなす事で、営業先とのトラブルを避けた十吉は、アルコールの残ったまま、人気の居ない道を走っていた。

ほんの少し気を抜いてしまった瞬間、彼は誰かを轢いてしまった。慌てて停車し、現場へ引き返すと、そこで、銃撃戦が起こっていた。

 二丁と呼ばれるヒットマンと、彼を狙った者達による銃撃戦。二丁は辛くも勝利するも、大けがを負ってしまう。彼は、立ちすくむ十吉に声を掛け、残された命が消えようとする中、殺し屋の心得と、大切な人を救うミッションを十吉に伝える。なんとそのミッションを期限内に攻略しないと、愛する妻を裏社会の人間が殺しに来るという恐ろしい制限を孕んだものであった。

 十吉は、たった一つの武器である営業トークで、果たして妻を救う事が出来るのか。

・・・・・・・・

 といったのが序盤のあらすじです。

 本当にひょんな事から、ヒットマンの世界に片足を突っ込んでしまう一般人が、裏社会から足を洗うため、周りの大切な人間を守るため、いくつもの危険なミッションに挑む内に、人間的にも、ヒットマンとしても成長していきます。

 エロ・グロ描写が目立つところもありますが、トーキチと、バディであるちなつ達主要人物達に『いい人』が多く、基本的にコメディ展開で進むので、サクサク見る事が出来ストレスレスで楽しめます。

また、主人公のトーキチは、殺し屋としてのスキルが未熟な内からミッションに挑んでいるので、基本的には、心理戦であったり、交渉であったり、口先八丁で戦うので、頭をよく回転させてから行動する事から、視聴者をイライラさせる様な行動を取らないのもリアリティが有り良いです。

 基本的に絵が上手く、画も巧く、破綻しているコマも無かったように思いますし、場面場面の状況が読み取りやすかった事も印象に残っております。

 

 後半、恐らく詰め込みきれなかった展開があった事が非常に残念ではありますが、かなり大団円的に物語が終っており、良い読後感を感じる事が出来ました。殺人というものをここまでアクを抜いて、すっきりとしたモノに昇華させ、さらに深みを持たせた今作は素晴らしいモノだと感じております。

 あと、特筆すべきは序盤、1話完結の話が多く、気軽に読めた事は、読み手として非常に有益でありました。

 男性に特にお勧めできる作品であったように思います。

 ネタバレのない感想は以上。

 

 

 以後ネタバレ有り

 ツイッターのTLにこの漫画がなぜ有名でないし話題に上がらないのか、と言う旨のツイートが複数流れてきたので、検索してみたら無料でみられるとの事だったので閲覧。非常に有益でありました事から、話題に上げていただいた皆様誠に有難うございました。

 

 序盤は口先だけでなんとかしよう。という展開が多かった中、あそこまで自然にトーキチを成長させた展開が素晴らしかったと思います。誰かを守りたいと言う気持ちが、あそこまで人間を研鑽させるとは、見ていて気持ちが良かったです。一級の殺し屋になってからは、決めゴマの全てが美しく、トーキチの努力を感じさせるモノでした。素晴らしかった。

 

 トーキチのキャラも完璧で、最終盤辺り以外は、人を殺すと言う事に対し抵抗し続け、真っ当な人間性を曲げずに、人として間違った行動は取らず、殆ど無償で仲閒に対してヒットマンとして協力するのは、ヒーロー以外の何者でもなく、何となくこちらまで誇らしいような気持ちにさせてくれて良かったです。

 序盤は、会社の後輩や、ちなつ、コンビニに対して、トーキチを適当に扱いすぎる事に対して視聴者としてイライラしておりましたが、物語の中盤に入る辺りにはそれぞれに対して不思議なほど愛着が沸いており、トーキチが命をかけてミッションをする事に説得力が発生するほどでした。キャラクターも組織も、魅力的でした。

 

 中盤から終盤にかけて登場する、主要ヒットマン達の造形や、戦闘能力は、印象に残るモノが多く、コイツこっわ。と思わせてくれるヒールの存在はこの作品のスパイスでしたし、彼らに対し、今出来る事を全力で考え、立ち向かうトーキチをも輝かす存在でありました。

 

 ちなつちゃんが可愛すぎました。再度実写されるなら、佐倉絆ちゃんに是非お願いしたい。

 

 ヒットマンというマンネリになりそうなテーマの中、コメディ要素、主人公の成長要素、仲間・敵の魅力。等のパワーにより、最期まで飽きずに見れる素晴らしい作品でした。

 読んでいて、俺もちょっとは成長できたかな?と思わせてくれる作品でした。営業テクとかもちょこちょこあってトリビア的なおもしろさもありました。